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当面の間、このブログは更新しません。

しばらく考えてみましたが、当面の間、このブログは更新しないことにします。

理由は、「システムを愛することができないから」です。

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私はここ5年ほど無職です。今後のことをいろいろと考えていく上で、いくつか大切にしたほうがいいな、と思ったことのひとつに「そのことを愛し続けることができるだろうか?」というのがあります。愛し続けることができなければ与える力は養えない、与える力を養えなければ、自分も他人も幸せにできない。そう強く思うようになりました。

ここ5年ほど、人生の流れの中に身を投じ、孤独な状況に身を置きました。おかげでほんの少しだけ、そういう方々のつらさがわかるようになりました。昔は日本に自殺者が多いことなど、ピンと来ませんでしたし、そもそもそういったことに興味もなかったので、そういうことを知りもしませんでしたが、今では何となく感じるものがあります。端的に言えば、「他人のためにリスクを犯さない」人の割合が多すぎるからです。その象徴的な言葉が「安全第一」、「生活の安心が第一」、「友愛」といったスローガン。この言葉が誰のためのもの・誰にとって都合のいい言葉であるのか、ちょっと考えれば気づくと思います。

安心・安全を声高に叫べば叫ぶほど、人々の絆はそれだけ細くなってしまいます。そして、もともとそういう精神的土壌がありながら、ここ最近まで気にならなかったのは、歴史上まれにみる高度成長があったから。それは極めて、一時的・特殊な状況なのであって、むしろ、ここ最近の状態が、これまで人類が経験してきた状況に近いものではないかと思います。

あと、ここ5年ほどで、おそらく私はもう日本社会では生きてはいけないかな、と思うようになりました。悲しいことですが、今の日本社会を愛することはできません。物理的には存在してはいますが、精神世界の上では、日本はほぼ死んでしまった。そう感じています。

会社員時代、多くの「?」を感じながら生きてき、ある時は抗い、あるときは絶望し、またあるときは妥協をして過ごすとともに、「同じような現象が今の場所だけで起こっているわけがない。」と感じ、しかし、30才を過ぎ、そういうことをゆっくりと考える時間などなく、ただ、会社を存続させることにのみ人生のほとんどの時間を費やすこととなりました。

その前提には、「これで社会がよくなるのならそれでいい。」という大前提がありました。そして、この考え方の前提には、「その社会、人々を愛することができること」というものがありました。しかし、今では、その前提がすっかり崩れてしまいました。

かつてのドイツではヒトラーを代表としたナチスという異常な組織が実権をにぎりました。そして、私が生きている間に日本ではそういうものが発生しないと思っていましたが、残念ながら、存在するに至りました。そのおかしさがわかりにくい、という意味では、かつてのドイツよりも深刻かもしれません。私は政治家を見るとき、ひとつの基準をおいています。それは「船が沈むとき、最後まで残ってくれるタイプの人だろうか」という基準です。私の中でのエリートの基準でもあります。こういう基準でみた場合、現政権の中の人の多くは、船が沈み始めたら、我先に脱出するタイプの人ばかりではないかと思います。つまり、「その社会、人々を愛することができること」という素養のない者たちが政治をしているのです。

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ここでひとつ、伝えておかなければならないことがあります。それは、私は生まれてこの方、ほとんどテレビを見ていないということです。おそらく、同年代の中では日本一ではないかと思います。あらゆる偶然が重なった結果です。

小さい頃は、どういう考えからか、父からテレビを観ることを禁じられ、小学時代は、島で過ごし、ほとんど見れる番組がありませんでした。中学時代は、バレーボールの練習の方がおもしろく、その練習で疲れきってしまい、あまり見た記憶がありません。むしろ、時間があれば、本を読むのが好きでした。高校では寮に入りました。この頃の過ごし方が決定的だったかも知れません。テレビを全く見ない3年間でした。大学に入り、自由にテレビを観る時間ができました。テレビを観た記憶がよくあるのはこの頃だけです。しかし、しばらくすると麻雀にはまりました。麻雀で負けるのがくやしくて一生懸命、麻雀の勉強をしました。ゲームセンターでも麻雀。読む本も麻雀。そして雀荘で負ける。その繰り返しでした。リスクをコントロールすることの大切さに気づいたのはこのころです。リスクは回避するものではなく、コントロールするものなのです。仕事をするようになってからは、ほとんどテレビは見ませんでした。20代後半のころにテレビを貰い受け、しばらく、仕事から帰って、深夜番組を見ることがありました。余談ですが、このころにボクシングをみて、ボクシングが好きになりました。そして、仕事を辞めてからは、テレビなしでずっと過ごしています。

そして、これは感覚的なものですが、心理的に同年代の人の気持ちがわかりません。私がブログをすることの理由のひとつには、私の親の年代の人たちの日記を読んだり、心の交流をしたりすることができるからです。会社員時代の頃もそうでしたが、このあたりの年代の人達と話すことはとても楽しい時間でした。感覚的にフィットします。一方で、たとえば、先日のニュースでもびっくりしたのですが、吉本興業で美人・イケメンのコンテストみたいなものがあったようなのですが、それはそれでいいのですが、ブス・ブサイクのコンテストの方もやっていました。そんなもの見て、何がおもしろいのでしょうか? 桂三枝さんはなんでクレームをつけないのでしょうか? なんでお笑いの人がわざわざ人が不快になるようなことをするのでしょうか? そういう自分の欠点めいたもの(欠点ではなく、あくまで欠点めいたものであるというのが重要だと思います。)を当人自らがうまく使いこなして笑いをとるのが醍醐味なのであって(ここのあたりがリスクをコントロールするという部分)、それを組織が強制してしまっては、全く無意味というか逆効果でしょう。でも、こういうことを大学生が悪乗りしてやってしまうのならまだしも、よりによって、お笑いのプロ集団である吉本興業がやってしまう。まるで意味不明です。

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私はテレビをとても恐ろしいと感じます。あれほど強力な洗脳媒体はありません。そして、そういうことにまるで無頓着である同年代の人々にある種の戦慄を感じます。私が会社員時代、学んだことの一つに「伝えることの難しさ」というものがあります。そして、テレビは伝える要素をすべて兼ね備えている媒体だと思います。だからこそ、視聴にあたっては細心の注意・心構えが必要になってくると思います。その点、ブログはそういうものが緩やかなので、ちょうどいいあんばいの媒体ではないかと思っています。ただ、残念なのは、作成するのにとても時間がかかってしまうということ。しかし、その問題はいずれは時が解決するでしょうし、これから私が力を入れていこうと思っている課題の一つでもあります。

しかし、ブログやフェイスブックでの交流をテレビを観ることを習慣化している人同士だけでやりあっている、というのでは、何の意味もないと思います。むしろ、テレビからのプロパガンダを強化させてしまうだけでしょう。価値観やこれまで生きてきた境遇の違う人々が集いあってこそ、はじめて交流する意味や価値がでてくるものと信じます。しかしながら、あまり言いたくはありませんが、現状ではほぼ絶望的だと思います。いくらテレビの勢いが落ちてきたとはいえ、その力はまだまだ絶大であって、一度、社会に浸透してしまったものが薄れるのには何十年という月日がかかると思います。一度、身についた習慣を、個人ならまだしも、組織的に変えるというのはほぼ不可能、というのが私の経験的な実感です。

情報統制されている中国や北朝鮮のことを馬鹿にする人がいますが、ほとんどテレビを見ないで過ごしてきた私からすれば、最も深刻なのは日本です。それはどういうことかと言うと、中国人や北朝鮮の人々には、情報統制されている、という自覚があります。しかし、今の日本人にはその自覚がありません。ここで誤解してほしくないのは、プロパガンダを流す人・組織・団体がいて、そういうものが主導している、ということではなく、テレビという媒体の存在によって、社会の中で醸成・成長していく「精神的な何か」に影響を受けている、ということにあまりに無自覚・無頓着である、ということです。

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いずれにしても、ブログというのは、私にとって、とても大切なものです。そして、ブログのシステムを普及させたいと強く思うようになりました。しかし、そのためには超えなければならない壁がまだまだたくさんあると思います。そして、私はその力になれればいいなと思っています。そして、その前提にはやはり、「そのシステムを愛し続けることができるかどうか」ということが、私にとって、とても大切なことなのです。

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とはいえ、ブログをするきっかけを与えてくれたのはエキサイトブログ。ここに改めて感謝の意を表します。これまでいろいろと使わせて頂き、誠にありがとうございました。
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by asazuki508e | 2011-02-27 07:04

つづき

私の解釈が正しいとすると、エキサイトブログの使い方とか書くことも人道に反するのでやめます。

誰か私の解釈違いを指摘してください…。久々にショックです。

本当かな? まだ信じられない。まさか普通の会社が著者名を伏せて出版できるような契約にしているはずはないと思うのですが…。

でも、Wikipediaにはこう書いてあるんですよね。

ベルヌ条約6条の2第1項には、著作者人格権の種類として以下の二種類が規定されている。
  • 著作物の創作者であることを主張する権利(氏名表示権)
  • 著作物の変更、切除その他の改変又は著作物に対するその他の侵害で自己の名誉又は声望を害するおそれのあるものに対して異議を申し立てる権利(同一性保持権、名誉声望保持権)
著作者人格権 - Wikipedia


そして、規約の方には上記の権利を放棄せよ、と書いてあるんですよ?
たぶん、私が上の部分の解釈を何か間違っているのでしょう。しばらく考えてみます。

ちなみにこの件は、ただであるとかいうこととは全く別問題です。WordPress.comもただですから。そういう話とはぜんぜん違います。

まだ信じられない。

例えば、ブロガーが書いているものは、会社の書類と、会社側から見た権利で言えば同じっていうことですよ。たとえば、会社の作業標準書やきれいな写真をブロガーにただで作らせている、というふうにも解釈できるということです。私はブログサービスというのは、あくまで、場を提供しているものとばかり思っていました。

んー、ありえない。

これまで、エキサイトブログに対して否定的なことを言って、去っていった人を多く見てきましたが、どの部分に不満を持っているのかよくわかりました。規約の堅苦しい文章を読むだけではピンときませんが、具体例で考えていくと、とんでもない内容です。

んー、やっぱり私が何か勘違いしているんでしょう。普通の会社でこんな規約作るわけないと思いますので。
どこを勘違いしているのでしょうか、私は?
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by asazuki508e | 2011-02-20 12:36 | Comments(5)

しばらく、このブログの更新をストップします。

規約を読んでいたら、とんでもないことがわかったので、しばらく、このブログの更新をストップします。私の解釈違いであることを願います。

あんなきれいな写真を名前を公表しないでエキサイトが使えるなんて…。信じられない…。写真の撮影に費やした時間、労力、情熱等々のことを考えるにつけ、どうして、こういう規約にしているのか信じられない…。

私の解釈違いであることを願います。だれか私の解釈違いを指摘してください…。
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by asazuki508e | 2011-02-20 12:33 | Comments(0)

このブログの今後の方針について考える - その9 -

ブログで書いた内容をどのように使われるのだろうと思い、規約を調査してみました。その中で気になった部分はここ。

ユーザーが本サービス上に掲載等した掲載コンテンツの著作権その他一切の知的財産権は、ユーザーに帰属するものとします。但し、ユーザーは、当社及び当社が指定する第三者に対して、掲載コンテンツを日本の国内外において無期限かつ無償で非独占的に使用する権利(複製権、自動公衆送信権、上映権、頒布権、譲渡権、貸与権、翻訳権、翻案権、有償又は無償問わず物品として制作し第三者に販売する権利を含みますが、これらに限りません。)を許諾(再許諾権を付与する権利を含みます。)したものとみなします。ユーザーは、当社及び当社が指定する第三者に対して、著作者人格権を一切行使しないものとします。なお、ユーザーは本項によりユーザーに帰属する知的財産権を第三者に対して譲渡する場合は、当該知的財産権を承継する第三者に対し、ユーザーの責任で本項の定めを承諾させるものとします。

エキサイト利用規約 エキサイト インフォメーション


ごちゃごちゃと書いていますが、ブロガーにとって大切な部分はここ。
著作者人格権を一切行使しないものとします。


私の解釈ですと、上の文章は以下のようになります。
エキサイト㈱はブログの内容を著作者名を伏せて自由に使えます。苦情は一切受け付けません。


ここのところが、私がいい考えだな、と思っている、クリエイティブ・コモンズの精神に反します。WordPress.comと180度異なった発想です。変だと思いませんか? エキサイトブログの内容をエキサイトが適当なところを抜粋して、例えば本を製作する。そのときにブロガーの名前を表示しなくてもいいということですよ。契約とか何とか言う前に心情的に理解できません。

よって、エキサイトブログでその使い方等について書くのはやめることにします。残念。

だんだん腹が立ってきました。素敵な写真を掲載している人がいますが、あれを名前を伏せて使えるということ? 信じられません。 私の解釈違いであることを願います。
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by asazuki508e | 2011-02-20 11:50 | Comments(5)

たびたびスキンを変更してすみません。

たびたびスキンを変更してすみません。
スキンを「カスタマイズ右カラム」に変更しました。
このブログの主題からすると、カスタマイズタイプにしておいた方がいいかな、というふうに考えが変わりました。

他の公式スキンを補正するカスタマイズ情報も発信しようと思いますが、カスタマイズタイプのスキンを使っている人も多くいらっしゃるようなので、こちらの方もがんばりたいと思います。
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by asazuki508e | 2011-02-20 03:08 | Comments(0)

1111記事達成!

d0112463_1363742.jpg

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by asazuki508e | 2011-02-20 01:37 | Comments(0)

画像に枠をつける

最終的には、スキン個別に情報を提供しないと、実質的には意味がないのですが、なんとなくこういうことをすればいいんだよ、ということを伝えたくて、とりあえず、記録しておきます。
画像に枠をつける方法です。

以下の記述をCSS編集に追加すると、画像に枠がうまくついてくれる場合があります。スキンの種類によっては、うまくいかない場合もあります。
img {border: 1px solid #ccc;padding: 5px; background-color: #fff;}

(変更前)
d0112463_12375.jpg

(変更後)
d0112463_1231138.jpg


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by asazuki508e | 2011-02-20 01:26 | Comments(0)

ソーシャルツールをまとめて追加・削除する

ソーシャルツールをまとめて追加・削除する機能があるようです。「記事管理」のところからできます。
d0112463_175065.jpg


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by asazuki508e | 2011-02-20 01:13 | Comments(0)

サイドバーのメニューをすべて追加する

サイドバーのメニューをすべて追加しました。説明がしやすいように。
ブログパーツを全部つけるとアクセス等に支障が出る恐れがあるので、そういうものは別途ブログを立ち上げて試験しようかと思っています。
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by asazuki508e | 2011-02-20 01:03 | Comments(0)

エキサイトブログの外部リンク機能はrssのないリンクは登録できない

エキサイトブログの外部リンク機能はrssのないリンクは登録できませんでした。
そういうわけで、例えば、エキサイトブログ掲示板などへリンクをつけるときには、これまでどおり、メモ帳にリンクを貼るという方法になると思います。
d0112463_0481161.jpg

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by asazuki508e | 2011-02-20 00:48 | Comments(0)