tomemo

<   2008年 04月 ( 11 )   > この月の画像一覧

愚痴

「愚痴」。

これは、占いと同様、女性の世界の言葉だろうと思う。

基本的に男は愚痴を言わないものだ。男と言うのはストレスが溜まるとしゃべりたくなるものではなく、一人になりたいものだ。そして、体を動かすと頭がすっきりする。私の場合だと、今はお金を節約しなければならない生活を余儀なくされているので散歩程度でがまんしているが、収入のある頃は、よくゴルフの打ちっぱなし場に行って、ドライバーをぶっ放してすっきりしていたものだ。少なくとも私はそうやってストレスを解消していた。

しかし、女性はそうではないらしい。逆に人にしゃべりまくるとすっきりするらしい。そして、そういうときの話のことをどうやら愚痴と呼んでいるようだ。

「うちの旦那は愚痴がなくていい。」というふうに都合よく解釈してくれる女性の方もいるようだが、実際のところは、ストレスがかかるとむしろ無口になるのが男というものだ(暴力的になる人もいるのは困ったものだが)。

ここで、誤解してほしくないのは、「だから、愚痴は良くない。」と言いたいのではない。私はむしろ、愚痴はしっかり処理?した方がいいと思っている。なぜか? 意識の中に溜まった、気になること、こだわり、不平や不満などは、言語化することで、一度、明確に意識化され、その後、無意識化されることにより、それら不快なものが意識の中にゴミのように浮遊しなくなると思うからだ。愚痴というのは何回か聞いていると、いつの間にか消えてなくなるものなのだろうと思う。

逆に言えば、気になることやこだわり、不平や不満をしっかり言語化しておかないと、それらのぼんやりとしたイメージが意識の中にゴミのように浮遊してしまい、思考を混乱させてしまうのだと思う。

だから、愚痴自体は良くないことかもしれないが、愚痴を我慢することは、おそらく、本人にとってはもっと良くないことなのではないかと思う。

そして、他の男性のことは知らないが、私は女性の愚痴を聞くのが好きである。もし、身近な男性が愚痴を聞いてくれないのだとしたら、それは、仕事のことなどで頭がいっぱいであるために話を聞く余裕がないか、単に疲れているか、といったところではないだろうか。特に責任の重い仕事を任されていると、家に帰っても、「客先に行ったら、この問題をどう切り出そうか?」とか「ここに気づかれたときには、どうやって凌ごうか?」とかいう想定問答について延々と考えているのが、多くの働き盛りの男性の頭の中なのではないだろうか? 空返事であったからといって、けっして、愚痴を聞くこと自体が嫌いなわけではないと思う。
d0112463_22263937.gif















© ふわふわ。り


[PR]
by asazuki508e | 2008-04-30 22:29 | Comments(0)

内田樹氏のブログのコメント欄がめずらしく荒れている

私が愛読しているブログ「内田樹の研究室」のコメント欄がめずらしく荒れている。

コメント欄の記述によると荒らしている当事者は「イカフライ(本名:■■■)」(参照先のコメント欄が閲覧不可となっているため、本名は伏せることとしました。(2010年8月14日記))という名前の人のようである。

本人にとってはその気はないだろうが、結果的に、少なくとも私にとっては、反面教師的教材として、非常に勉強になるやりとりである。

彼の言論の矛盾点に対して違和感を覚える点をここに列挙してみたい。

・「低脳」という言葉を使っている。理性的な言論のやり取りでは必要のない言葉である。

・リンク先のブログの管理人の個人情報を漏らしている。イカフライ氏が言わなければわからないことである。そういう自分の過ちには気づかないまま、自分の名前が明らかにされたことに憤っている。

・盛んに「私ではなく、××が○○と言っているから。」という論旨が展開されている。自らの責任を回避しようとする心が垣間見える。

・法律や規則を頻繁に引用している。法律や規則は、守るためにあるのではなく、世の中がスムーズにいくように定められているものである。彼は、法律や規則自体が何かすごい権力を持っているかのように錯覚を起こしているようだ。

・まるで内田樹氏がすごい権力を持っているように錯覚を起こしている。ブログのアクセス数は1日に1万5千人であり、ブログとしての規模は確かに大きいが、日本全体の人口から見れば、約5000分の1にしか過ぎない。テレビや新聞等のメディアに比べれば、影響力ははるかに小さい。

・そもそも、コメント欄のやり取りは、本人にとっては大変なことかもしれないが、他の人にとってはどうでもいい話である。

・そもそも、これだけの熱い思い?があるのなら、自らブログを立ち上げ、トラックバックすればいいだけの話である。

私はやっぱり、「人間、歳を取ると丸くなる」というのは、人によるのではないかと思う。(ちなみにイカフライさんは50代後半の方らしい。)そして、一番苦しいのは本人自身だろう。そして、何より心配なのは、彼のストレスのはけ口となっているのは何なのかということである。

p.s.1 ちなみに内田樹氏の今回の記事は、昔の旧友を懐かしんでいるものであり、胸がキュッとなる内容である。こうなるともうブログの管理人はお手上げですね。

p.s.2 どうやら彼は中卒であることにコンプレックスを抱いているらしい。他の人は誰もそんなこと気にしちゃいないのに・・・。コンプレックスを克服するというのはたいへんなことなのだな、と改めて思う。


【主な改訂履歴】
2008.04.11 「p.s.2 どうやら ・・・ と改めて思う。」を追加。
[PR]
by asazuki508e | 2008-04-09 17:35 | Comments(10)

お互いが自分のことを語り合うこと

相手のことを知るということは楽しいことだ。

人と交わることが人の最大の楽しみなのだから。

ゆえに、自分のことを語るということはとても大事なことだ。漠然としたイメージや肩書きなどのレッテルではなく、個別具体的な、できるだけ本当の自分を知ってもらうために。自分のことをしっかりと語れるということは、相手を楽しませるために大切なことだ。

ここまでの認識が正しいとすると、人は、その存在のみによって、人を幸せにすることができるということになる。自分のことを語ることが相手にとっての幸せになるのだから。

そして、そのときに大切にしたいのは、「本当の自分」を語ることだ。見栄やプライドに隠され、ゆがめられてしまった自分を語ることは相手を不快にさせる。たぶん、本能的に。そして、コンプレックスというのは、自分を語るときに障害になるのではないかと思う。

だから、コンプレックスというのは自分のためではなく、まずは相手のために消していく努力をする必要がある。

そして、子どもたちが本来持っている最大の才能は、自分が感じたことをそのまま素直に言葉に出せることだ。大人たちは、子どもたちのそういう部分に心の安らぎを見出すのだろうと思う。

これまでの私は、客観的な事実で自分を覆い隠したり、無口であることで自分のことを語ることを避けていたような気がする。そういう心構えでは、おそらく、私と話している相手は楽しくないだろう。実際の私とは交われないのだから。

なぜ、自分のことを語ろうとしなかったか? 自分のことを語ることは自己中心的なことだと錯覚を起こしていたのだ。見栄やプライドに隠され、ゆがめられた自分について語ることが相手を不快にさせることなのであって、そのままの自分について語ることは相手にとっては楽しいことなのだ。今、改めて思い起こしてみて、少なくとも私はそう感じてきたように思う。

ただ、私がそういう誤った認識を正しいものと信じてしまっていたのは、コンプレックスをたくさん持ってしまった相手との会話での不快感を「自分のことを語ることは自己中心的で、それが相手を不快にさせているのだ」というふうに誤解していたからなのではないかと思う。

そして、思春期の頃に無口になってしまう男の子の多くは、この点で苦しむのではないかと思う。

こういう勘違いはおそろしい。なぜか? これまで私と付き合ってきた人たちの時間をも無駄にし、そして不快にさせてしまっていたのだから。

答えは実に簡単だった。そのままの自分を語ればよかったのだ。そして、それを困難にさせていたものはコンプレックスを持った相手との不快な会話であったり、自らのコンプレックスだったのだ。

p.s. 
・・・
そして、ちょっと意外だったことに彼はこう続けた。
「だけど写真のことよりも、写真部の友人たちとお喋りができなくなったのが一番寂しいよ。。。昼のコーヒーも、一人で飲まなくてはならなくなった」

写真部送別パーティー|ブログ「Kuni Photo Blog」


このセリフってたぶん、本音の言葉だと思います。そして、素直にこう語れる彼は素敵だし、こういう言葉を引き出せるKuniさんもまた素敵だと思います。
d0112463_5421352.gif

© ふわふわ。り


[PR]
by asazuki508e | 2008-04-07 05:42 | Comments(4)

コメント欄を広くする方法について-1

コメント欄を広くする方法についての備忘録です。

1.「スキン変更」ボタンをクリック
d0112463_5553594.jpg


More
[PR]
by asazuki508e | 2008-04-06 06:13 | Comments(4)

大阪府女性職員の心理について考える

引き続いて、この人 ↓ について考えてみたい。

動画|大阪府女性職員に軽く質問してみたら(← リンク切れ)大阪府職員の真実 サビス残業で橋下府知事に噛みついた女性職員の正体 - YouTube

なぜなら、組織で働くとは、ある意味、彼女のような人との戦いだからである。

彼女のような人を排除せず、対話を続けることが大切なのではないかとこれまで思ってきたし、彼女のビデオを見て、仕事のときの嫌なことをたくさん思い出しもしたが、改めて、その思いを強くした。

ここでは、彼女のことを「悪だ。」、「訳のわからんやつだ。」と排除してしまわずに、彼女の側に立って、なぜ、彼女がああいう発言をしたのか、その根っこの部分について考えてみた。

結論を言うと、本当のところは、彼女こそ、知事を含めた社会を支える人たちの心情を何も知らない、ということなのではなかろうか?別の言い方をすると、彼女は仕事をすることがとてもつらい。

人は自分のためだけに働くことはできないようにできている。これは理屈ではない。そういうものなのだ。実例を一つ挙げれば十分だろう。食事作り。一人分だけ作るのは精神的に辛いものがある。しかし、他人の分まで作るとなると自然と作る意欲が湧いてくる。そういうふうに人は出来ているのである。

しかし、おそらく彼女はそういう心が自分の中にあることに気づいていない。だから、労働意欲がどうしても湧いてこない。それで、ああやって自らを必死に正当化してしまうのだ。「私が働かないのは、自分が働く意欲のない人間だからではない。権力が我々に労働を強制しており、私はそういう権力と戦っているのだ。」と。

でも、サービス残業してると熱く語っておきながら、「サービス残業してません。」と言った時に、表情が微妙にゆがんだところに私は救いを感じるし、人のそういう部分を信じ続けることこそが社会を形成していく上で大切なのだと思う。

以上の考察が正しいとすると、彼女は、表面上、府庁職員の仕事のことを語っているように見えるが、実際のところは、ただ、「働く意欲が湧かないのは自分が悪いんじゃない。権力が悪いんだ。」とわめいているにしか過ぎないのだ。だとすると、彼女と府の職制について議論しあったとしても、話はうまく噛み合わないだろうし、彼女はけっして妥協しないだろう。なぜなら、妥協することは、「自分は労働意欲の湧かないダメな人間だ。」(←本当は間違った認識だ。どうやったら意欲が湧いてくるのか、という心のメカニズムに無知なだけだ。)だと認めてしまうことになるからだ。

で、実際問題、彼女のような人とどう接していけばいいかとなると、こういう人は、上記の理由からけっして妥協しない(彼女の世界では、妥協=自分はダメな人間だと認めること、を意味する)のだから、仕事を依頼するだけ無駄である。やはり、養老猛司さんもおっしゃっていたし、かつての私もそうだったように、こういう人に対しては、つかず離れず、うまく付き合っていくしかないのだろうと思う。

そして、ここまでわかれば、普通の人は思うだろう。「彼女ってかわいそうな人なんだな。毎日、そういう気持ちで働いていたら辛いだろうな。」と。 そう、それが本当のことなのである。周囲の人の多くがそういう感じで彼女と接していけば、いずれ、彼女もどうやったら労働意欲が湧いてくるのかに気づき、自然と権力闘争ごっこ熱は冷めていくことだろう。

ただ、実際には、彼女のようなタイプの人は職場で煙たがられ、避けられ、そして、彼女はそういう周囲の態度を感じ取り、「自分はだめな人間なんだ。」と思い込み、いっそう周囲との壁を厚くしてしまう結果、1~2年ごとに職場を転々と移されたり、出向を命ぜられたりすることになるのである。
[PR]
by asazuki508e | 2008-04-04 21:35 | Comments(6)

Help me !

これまでの考察がすべて吹き飛んでしまいました。
私が苦手なのは、まさにこういう人なんです!
                ↓
動画: 大阪府女性職員に軽く質問してみたら (リンク切れ) 大阪府職員の真実 サビス残業で橋下府知事に噛みついた女性職員の正体 - YouTube

こういう人に対して、どう対処していけばいいのか、ご存知の方がいらっしゃったら、是非教えてください。
例えば、こういう人はどうしたら仕事を引き受けてくれるのでしょうか?
[PR]
by asazuki508e | 2008-04-03 06:13 | Comments(2)

人が社会で生活していくための心の3大要素(その2)

以前に「人が社会で生活していくための心の3大要素」という記事を書いたが、もう少し、具体的に考えてみた。それがこれである。
d0112463_056412.jpg


青い部分と赤い部分が追加したところである。青い部分は、特に男性、赤い部分は、特に女性において、大切にしていったほうがいいのではないかと思う部分を示している。

1. 考える

まず、「考える」ということについて考察を深めてみることにする。

「考える」と言っても、ここでは、ロダンの「考える人」のようにじっと思索に耽ることを意味してはいない。ここでは、「社会で生きていくためには、どういうことについて気をつけていけばいいのか」について記しているつもりである。

女性においては、「自分の心にうそをつかない」ということが、うまく物事を考えられるようになるためには大切なのではないかと推測している。うそをつくと、そういう思考回路が頭に取り込まれ、それが正常な思考を邪魔してしまう。概念的に私はそう認識している。そして、女性はうそに翻弄されやすい性質を持っているから、占いが必要になるのではないかと考えている。

私のこれまでの人生経験で、うそをつくかどうかということで男同士でけんかになったということはあまりないような気がする。少なくとも私は気にならない。そして、現に男は占いというものをほとんど使わない。女性の場合は、よくうそをつく人が悩みやすいのではないか。今の私はそう認識している。

ここで誤解してほしくないのは、ウソに翻弄されやすい女性がよくなくて、男性がいい、と言いたいのではない。別の言い方をすると、女性の方が感性が桁外れに鋭い、ということだと私は解釈している。男性は感性が鈍いから、ウソをつかれても気づきにくく、結果的にそういうことにこだわらなくなるのではないか、というイメージである。

では、男の場合はどうか?男であれば、「問題にぶつかっていく」ということが考える人になれるかどうかの試金石ではないかと思う。一般には、「男の子には旅をさせよ(でしたっけ?)」というのが、ここで言っている意味であり、いいか悪いかはともかく、戸塚ヨットスクールのやり方がまさにこの教育方法であると私は認識している。

例えば、ある人を船から海に投げ込む。するとその人は助かろうと必死にもがくだろう。そういうときの頭の働きが、まさに「考える」ことである。鈍感だから、これくらいのことをしないと自ら考えようとしない、とも言える。

2. 交わる

生きていく上で、人と交わることは大切であるが、ここでも、男と女とでは気をつけたほうがいいことは違うのではないかと思う。

女性の場合だと、いっしょに時間を共有することが人と交わる上で大切なことになるのではないかと思う。「なかよし」の輪を広げていく感じだろうか。

男であれば、自らをどれだけさらけだせるかが、人と交わる上で重要になるのではないかと思う。逆に言えば、男の子は放っておくと、無口で自分のことを語らない人間になってしまう。



魅力的な男の人を思い浮かべてみる。中学のときの山○先生、高校のときの馬○先生、会社でお世話になった故○子部長、親戚の○○おじさん、セルティックのストラカン監督、霞ヶ関の○本さん、カメラ屋の○○くん、いとこ婿の○○さんなど、共通するところは、自己表現がきっちりとできているところだ。人物像をきちんとイメージできるというのは男性にとって、とても大切なことなのかもしれない。

そして、ここのところは、そのまま、子育てにおける親の役割としても、重要なことではないかと思っている。極論を言えば、子どもに対してそのままの自分をさらけ出せるお父さんと、子どもといっしょにいる時間を十分持っているお母さんがいれば、子どもは概ね問題なく育つのではないかと思っている。逆に言えば、いくら他のところをがんばっても、自分を隠す父と子どもと距離をおく母に育てられた子どもは、心の面で問題をかかえてしまうのではないかと思う。

あるテレビ番組で、とんでもないぐうたら親父とそれに似つかわしくないしっかりした息子が出演していた。そして、私は悩んだ。「なんで、こんな親父から、こんな息子が育つんだ?」と。しかし、今、考えれば当たり前のことなのである。その親父は、反面教師的な役割をしっかりと演じきって、次の世代に本当のことをちゃんと教育していたのである。

そして、この反対の状況を想定してみれば、どういう父親が子育てにおいて問題であるかは明らかだろう。自分の子どもに、本当の自分とは違う立派な父親を演じてしまうことである。そうするとどうなるか? そういう父親に育てられた子どもは、間違った人間像を頭の中に構築してしまうのである。そして、社会に出たときに、社会との摩擦の大きさに耐えかね、疲弊・消耗し、やがて、引きこもってしまうのである。
d0112463_4281475.gif

© ふわふわ。り



3. 与える

与えるという行為は、社会を成り立たせる上で必要不可欠のものである。女性であれば、捧げる感覚というのがあれば、自然と与えることができるようになるのではないかと思う。ここの部分は、まさに学校でやっていることでもあるので、詳しい説明はいらないだろう。

そして、男性であれば、嫌われ役を買って出る、という姿勢が大切ではないかと思う。世の中において、嫌われ役というポジションは、社会に多くのものを与えられるところでもある。以前、「部下に好かれるためには」などという本を見かけたことがあるが、ずっこけてしまった。そんなことを意識していたら、社会はあっという間に崩壊してしまうだろう。社会的に責任のある仕事というのは、概ね、嫌われることが宿命だからである。

4. 私自身を評価してみると・・・

自らをさらけ出せていない。この部分が私の最大の弱点であり、周囲の人に迷惑をかけていた点ではなかろうかと思う。これまでの私は、自分のことを語ることは、自己中心的(実は実存しない概念だった!)であり、良くないことだと誤解していた部分がある。しかし、それは逆に周囲の人に迷惑をかけていたのではないかと今は認識している。逆に思い起こしてみればいい。いっしょに仕事をしていて、やりにくかったのはどういう人物であったか、と。それは、自己表現のうまくできない、人物像をうまくイメージできない人である。そして、それはまさに私自身だったのである。

5. まとめ最後に

以上、まだ、十分に練りこまれてはいないが、概ね、こういう感じで考えていけば、人の社会性というものについて、いろいろなことを説明できるのではないかと思う。

損得勘定で生きていくと、問題を避けるようになり、自らの本心を隠すようになり、時間を惜しむようになり、好かれる役ばかりを受けるようになり、てっとりばやく手に入れられるものばかりに目が行きがちになり、その場その場で得するようなウソをつくようになる。すると、上図のようなメカニズムにより、悩みがちになり、寂しがりになり、そして、自己無価値感に苦しむのではないだろうか?

p.s. 私はどちらかというと生き方に失敗した人間です。この記事の内容については、特に、間に受けないでください。反面教師的にでも役に立てればいいなと思って、公開しています。
[PR]
by asazuki508e | 2008-04-03 02:13 | Comments(0)

「教育委員会に訴えるぞ。」

「教育委員会に訴えるぞ。」

こんな子どもに出くわしたら、口げんかでは負け知らず?の私でもたじたじである。

そこで、まず、こういうことを言う子どもの心理について考えてみたいと思う。

これは、一言で言えば、本気でぶつかってくれない大人たちへ向けての子どもの悲痛な叫びではないかと思う。

「どうせお金のために仕事してるんだろ。俺たちのことなんか、心の底ではどうでもいいと思ってるんだろ。」と。

私はここのところですでに子どもたちは勘違いをしているのだと思う。

言っていることとは裏腹にとても幼稚なことを訴えていることに彼らは気づいていない。

そもそも、そういう無償の愛を求める対象は、学校の先生ではない。親とか近しい大人である。一人の大人が40人もの子どもの心のケアなどできるわけがない。そして、そういうことは理屈で教えなくても感じ取れるものである。それを感じ取れていない。心が成長していないとしかいいようがない。おそらく、そういう人が大人になると今度は総理大臣とか役人に対して罵倒を浴びせるような人になるのだろう。

私は霞ヶ関の役人と5年ほど戦ってきたが、彼らが特別、怠慢だとも無能だとも思わないし、おそらく実際もそうではない。わざわざ怠慢な人や無能な人を選んで採用しているわけではないのだから。むしろ、一般の人よりは正義感なるものが強くて、真面目な人が多いように感じる。民間よりも給料が安くて、その割りに労働時間が長いことは、就職の前にわかる情報なのだから、計算高い人間はそもそも役人にはならないと思う。現在、国の政治が混乱しているのは、人が悪いのではなく、社会システムがまだまだ未熟なのである。
d0112463_793277.gif

© ふわふわ。り



・・・話が脱線した。要するに大人に過大な、そして全能的な期待をする子どもが増えているのだろう。もしかしたら、自分の親に愛想をつかしており、しかし、子どもには無償の愛を求める本能があるから、それを先生たちに向けてしまっているのかもしれない。そう考えると、とてもかわいそうな子どもたちである。

そんな、現実には存在しない、彼らの中の全能的な人物に先生がなれるわけがない。ゆえにコンプレックスへの対処と同じである。普通の先生にとっては対処のしようがないと思う。このように考えていくと、近年、小学校教諭の早期退職者が急増していることも心情的にうなずけるのである。

「では、そういう子どもに対して、先生たちはどう対処していけばいいのか?」

もし、今の私がこういう子どもに先生として直面したら、おそらくお手上げである。

仕事のときもコンプレックスをかかえている人に対してはお手上げで、極力接しないという方法でしか対処できなかったが、教育の現場ではそれは不可能ですしね・・・。

これまで、いろいろなテーマを掲げて、現在の私の全精力を傾けて、あるものについてはたやすく、あるものについては多少強引に対処法をひねり出してきたが、このテーマはちょっとお手上げである。いずれ、また、再挑戦してみたいテーマである。

p.s. 私が教育関係に興味があるのは、おじいさん-父-兄、が先生だからかもしれません。私自身は教育については全くの素人であることをご留意下さい。でも、父と兄の苦労をちょっとだけ感じることができたような気になりました。
[PR]
by asazuki508e | 2008-04-02 07:12 | Comments(0)

コンプレックス

コンプレックス。

おそらく、どんな人であっても、大なり小なりコンプレックスはあるだろう。

女性であれば、外見や友人関係、男性であれば、力や能力の優劣が代表的なものだろう。

コンプレックスを減らすにはどういうことを心がけていればいいのだろうか。

まず、すべての面で人より優位にたつという方法があるが、これは現実的でないことは考えるまでもないだろう。

では、どうするか? その対象ととことん向き合い、本当のことを知り、内在化してしまうことである。

コンプレックスというのは、自分にとって、まだ受け入れられていないこと、納得していないこと、内在化していないことであり、実は心の中には存在しないものなのである。だから、いつまでたっても、意識されてしまうのである。

そして、コンプレックスを他人に指摘されると、カチンとくる。そして、正常な判断能力を失い、多くの場合、攻撃的になるか、落ち込むことになる。そしてまた、大抵の場合、指摘した側は何が起こったのかピンときていない。まれに、コンプレックスのひどい人になると、わざと指摘する人がいるのは困ったものだが・・・。

なぜ、カチンとくるのか? 普段、その対象と向き合って、考え、きちんと言語化し、内在化していないために、そのあたりの神経がウブになっているからである。カチンとくるというのは、心の準備ができていないことの何よりの証拠なのである。カチンときてしまうというのは、相手のせいのようであるが、実は自分の責任なのである。

d0112463_07540.gifだから、コンプレックスというのは自分のためではなく、自分と接する人たちのために、やはり小さくしていく必要があるのである。

価値観の異なる人に対しては、個別具体的に、そして相対的に語ることである程度、認識の違いを埋める事が可能であるが、コンプレックスの強い人に対しては、はっきり言って対処のしようがない。お手上げである。コンプレックスは他人にはわからないからである。ある言葉を言うと態度が変わることで、徐々に認識することはできるが、それがあまりに多いと気疲れしてしまう。やはり、コンプレックスというのは周囲の人のために直す努力をした方がいい。




© ふわふわ。り

例えば、今の私の場合、結婚できなかったことと、仕事をしていないことがコンプレックスであるが、こういう話題を出すことで周りの人が気を使わないように自らを持っていくためには、普段から結婚のことや無職であることについて、自分で考えて慣れさせておくことである。

あと、強いて言うならば、できることはやっておくということである。そうしないと「もしかしたら、やれたのでは?」といつまでもウジウジと悩んでしまう。例えば、私の場合、仕事については、とことんやれる限りのことはやったという自負があるので、無職であっても比較的、心理的には平気である(社会的には誠にけしからん。)し、無給であるので結婚どころではないし、いろいろとコミュニケーションの努力はして、ほとんど門前払いをくらって、今現在の自分の状況というものをある程度、把握することができている。そういうふうに実際に打ちのめされる?と、意外とあっさりと諦めがつくものだ。

結論を言うと、普段から考えて面の皮?を厚くしておくこと、そして、できる限りのことはやっておくことが、自らのコンプレックスで周囲の人に迷惑をかけないようにする秘訣ではないかと思う。
[PR]
by asazuki508e | 2008-04-02 00:12 | Comments(0)

メジャーの福留、「偶然だぞ」という謎のボードを掲げられる

メジャーの福留、「偶然だぞ」という謎のボードを掲げられる|日刊スレッドガイド

おもしろい誤訳ですね。どういう英語の誤訳かは、上記リンク先の87番のコメントに書かれています。

d0112463_23593674.jpg

© ZIG ZAG


[PR]
by asazuki508e | 2008-04-02 00:01 | Comments(0)